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東京地方裁判所 平成10年(ワ)28609号 判決 2000年3月24日

原告 勝間光学機械株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 服部弘志

被告 鎌倉光機株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 服部信也

主文

一  被告は、別紙商標目録記載の商標を付した双眼鏡を製造、販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金一二六八万九七一二円及びこれに対する平成一〇年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙商標目録記載の商標を付した双眼鏡等光学器械を製造、販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金二五五二万五五〇〇円及びこれに対する平成一〇年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、次の商標権(以下「本件商標権」という。)を譲り受け、平成七年一月一七日、その旨の移転登録を経由して本件商標権を取得した(甲一、弁論の全趣旨)。

登録番号 第一八七〇九〇二号

出願日 昭和五八年七月一六日

公告日 昭和六〇年一〇月二二日

登録日 昭和六一年六月二七日

商品の区分 旧第一〇類

指定商品 光学器械器具、その他本類に属する商品

登録商標   別紙商標目録のとおり(以下「本件商標」という。)

2  被告は、平成七年六月、平成九年七月、同年一一月及び平成一〇年七月の四回にわたり、本件商標を付した双眼鏡(以下、被告の製造販売に係る本件商標を付した双眼鏡を「被告製品」という。)を合計五五〇〇台製造し、これをサウジアラビア王国の商社に輸出した(乙一)。

二  本件は、原告が、被告による被告製品の製造、販売は本件商標権の侵害となると主張して、被告に対し、被告製品の製造販売の差止めと不法行為による損害賠償を求める事案である。

第三損害に関する当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は、本件商標を付した双眼鏡を製造し、これを国内及びサウジアラビア王国で販売している(以下、原告の製造販売に係る本件商標を付した双眼鏡を「原告製品」という。)ところ、被告が被告製品を五五〇〇台製造してサウジアラビア王国に輸出したことにより、原告製品の売上げが減少する損害を被った。

2  原告が平成九年及び同一〇年に販売した原告製品の一台当たりの平均利益は、次のとおり四六四一円である。

埠頭渡し価格  一万七三五六円

部品代 九四一〇円

組立工賃 一八二五円

工場経費等 一四八〇円

17,356-(9,410+1,825+1,480)=4,641

3  したがって、原告は、四六四一円に五五〇〇を乗じた二五五二万五五〇〇円(5,500×4,641=25,525,500)の損害を被った。

4  右の損害は、民法の規定によって認められる。

また、外国の会社に商品を売却する行為は商標法二条三項二号の「譲渡」に当たるから、商標法三八条一項が適用され、同項によっても、右の損害が認められる。

二  被告の主張

1  被告は、被告製品を製造したが、その全てを直接サウジアラビア王国に輸出しており、国内で販売したことはないところ、商標法二条三項は、「輸出」を商標の使用の概念から明確に除外しており、商標を付した商品の輸出行為は商標の使用に当たらないから、商標法三八条一項にいう「譲渡」には当たらない。

したがって、被告製品の輸出行為に商標法三八条一項の適用はない。原告の損害は、被告製品の製造による本件商標の使用料相当額(商標法三八条三項)の限度に止まるべきである。

2  仮に、被告製品の輸出行為が商標法三八条一項にいう「譲渡」に当たるとしても、次のとおり同条一項の適用がない。

商標法三八条一項は、権利者の商品と侵害者の商品とが相互に代替しうる状況におかれていることを前提とする規定であり、両者の商品の種類・品質が異なり、かつ市場の重複がなく、自他商品の混同が起こり得ない状況下においては、そもそも同条項が定める「侵害の行為がなければ販売することができた商品」という代替性の要件を欠くことになり、逸失利益という概念の生ずる余地がなく、同条項は適用されるべきではない。

そして、日本国内においては、被告製品の輸出により、被告製品と原告製品とが市場を同一にすることはないから、商標法三八条一項の要件である自他商品代替可能性はなく、同条項の適用はない。

また、原告製品は被告製品と同じくサウジアラビア王国に輸出されているが、原告製品は専ら軍用に供するために販売されているのに対し、被告製品は一般消費者向けに販売されており、品質・種類・価格・需要者・市場等、商品流通の重要要素の全てにおいて大きな相違があり、両者の間に商品の代替性はない。さらに、そもそも、サウジアラビア王国の市場における商品の誤認混同の防止は商標法の保護法益ではないので、仮にそれがあったとしても商標法上権利の侵害となるものではない。

したがって、被告製品の輸出について商標法三八条一項が適用される余地はない。

第四当裁判所の判断

一  差止請求について

前記第二の一2のとおり、被告は被告製品(本件商標を付した双眼鏡)を製造し、これをサウジアラビア王国の商社に輸出したところ、証拠(甲二〇、乙一)によると、被告は被告製品の製造が本件商標権の侵害となることを知りながら被告製品を製造し、これを右商社に輸出していた事実が認められる。また、証拠(甲六の一、二、甲七、甲八の一、二、甲九)によると、被告は、本件訴訟以前に、原告から警告を受けた際に、右製造輸出の事実を否認する旨の虚偽の回答をしたものと認められ、本件訴訟においても、当初は輸出した被告製品の数量を過少に主張していたものである。以上のとおり、被告の態度は、きわめて不誠実であるというほかなく、これらの事実からすると、被告は、被告製品(本件商標を付した双眼鏡)を製造するおそれがあるものと認められる。また、被告が日本国内において被告製品を販売した事実は認められないが、右のとおり被告が被告製品を製造するおそれがあること及び右認定に係る被告の不誠実な態度からすると、被告は被告製品(本件商標を付した双眼鏡)を日本国内において販売するおそれがあるものと認められる。

しかし、被告が本件商標を付した双眼鏡以外の光学機器の製造販売を行い又行うおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の本件差止請求は、被告製品の製造、販売の差止めを求める限度で理由がある。

二  損害賠償請求について

被告は、被告製品を製造して本件商標権を侵害したのであるから、右製造によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

そこで、右損害額について判断する。

1  前記第二の一2のとおり、被告は、被告製品を合計五五〇〇台製造してこれをサウジアラビア王国の商社に輸出したものである。

輸出が当然に商標法二条三項二号の「譲渡」を含むものと認めることはできず、また、被告が右輸出に伴って日本国内において被告製品の「譲渡」をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

2  前記第二の一2の事実に証拠(甲二〇、乙一)と弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件商標権を取得する前から本件商標を付した双眼鏡を製造し、これをサウジアラビア王国に輸出していたこと、被告は、平成七年から本件商標を付した双眼鏡を製造しこれをサウジアラビア王国の商社に輸出したが、そのころから、原告に対するサウジアラビア王国からの注文がなくなったこと、被告が双眼鏡に本件商標を付したのは、右商社から本件商標を大きな文字で付することを取引の条件とされ、そのことを強く求められたためであること、以上の事実が認められ、これらの事実によると、サウジアラビア王国においては、被告製品は、原告製品に代替する製品であったと認められる。

なお、被告は、被告製品と原告製品とでは、品質・種類・価格・需要者・市場等に大きな相違があり、両者の間に商品の代替性はないと主張する。確かに、証拠(甲一三ないし二〇、乙一)と弁論の全趣旨によると、原告による原告製品の販売価格は被告による被告製品の販売価格の約四倍であることが認められ、そのことからすると、被告製品と原告製品とでは、その品質・需要者等は必ずしも同じでないものと推認することができるが、被告製品と原告製品では、双眼鏡としての品質・種類・需要者等に決定的な違いがあるとまで認めるに足りる証拠はないから、両者の間に商品の代替性はない旨の被告の主張は採用できない。

そうすると、原告は、被告製品の製造という被告の商標権侵害行為によって、原告製品の製造販売によって得ることができた利益を失った損害を被ったものと認められる。そして、右認定の事実、殊に、被告が双眼鏡に本件商標を付したのは右のような理由によるものである反面、被告製品と原告製品とでは価格が大きく異なり、双眼鏡としての品質・需要者等は必ずしも同じでないものと推認することができることを考慮すると、被告の商標権侵害行為がなければ、原告は、五五〇〇台の半数に当たる二七五〇台の原告製品を製造販売することができたものと認められる。したがって、原告の逸失利益の額は、原告が二七五〇台の原告製品を製造販売すれば得られたであろう利益の額によることが相当である。

3(一)  証拠(甲一三ないし二〇)によると、原告は、平成九年三月から平成一〇年一二月までの間に原告製品を合計二二〇七台販売したこと、右販売による売上金額(原告製品の本体のみ)は合計三八二八万九四〇〇円であることが認められる。これによると、原告製品一台当たりの販売価格は、次のとおり、一万七三四九円となる。

38,289,400/2,207≒17,349(一円未満切捨て)

(二)  証拠(甲一一、一二、二二)によると、原告製品を一台製造販売するのに要した部品代等の費用は、別紙計算書のとおり、合計九二九一円であると認められ、これに反する証拠はない。

証拠(甲二〇、二一)と弁論の全趣旨によると、原告は双眼鏡、望遠鏡の製造販売を業としていること、原告は、平成九年三月一日から平成一一年二月二八日までの二年間に原告製品を含む双眼鏡、望遠鏡を合計三万〇四七九台製造したこと、原告が右製造に従事した従業員に支払った組立工賃は総額五三六七万二〇〇〇円であったこと、右製造に要した一般管理費は総額五七六五万三〇〇〇円であったこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。これによると、原告が右二年間に双眼鏡、望遠鏡を製造するのに要した組立工賃及び一般管理費は、次のとおり、一台当たり三六五二円となるところ、原告製品の組立工賃及び一般管理費についても一台当たり右と同額の三六五二円であると認めるのが相当である。

(53,672,000+57,653,000)/30,479≒3,652(一円未満切捨て)

以上のほかに、原告が原告製品の販売により得られる利益を算定するに当たり、原告製品の販売価格から控除すべき経費が存するとは認められない。

(三)  右(一)、(二)によると、原告が原告製品の製造販売によって得られる利益の額は、次のとおり一台当たり四四〇六円となる。

17,349-(9,291+3,652)=4,406

4  以上のとおり、原告が原告製品の製造販売により得られる利益の額は一台当たり四四〇六円であるから、原告の逸失利益の額は、それに二七五〇を乗じた一二一一万六五〇〇円(4,406×2,750=)となる。

5  なお、本件について商標法三八条一項が適用されるとしても、右2で認定した事実からすると、被告製品の販売台数五五〇〇台のうちその半数に当たる二七五〇台については、原告が販売することができないとする事情が存するものと認められるから、原告の損害額が右認定の額を上回るとは認められない。

6  原告は、被告製品の販売台数五五〇〇台のうち二七五〇台については、商標法三八条三項により、使用料相当額の損害賠償を請求することができるところ、右2認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、その額は、被告の販売額の五パーセントが相当であると認められる。証拠(乙一)によると、被告による被告製品五五〇〇台の販売総額は、二二九二万八五〇〇円であると認められるから、被告製品二七五〇台の販売総額は、その半額に当たる一一四六万四二五〇円となり、使用料相当額は、その五パーセントに当たる五七万三二一二円(一円未満切捨て)となる。

7  したがって、原告の損害賠償請求は、右4と6の合計額一二六八万九七一二円の限度で理由がある。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由がある。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

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